高齢者の生理変化と低栄養対策(2019.09.15)

高齢者の生理機能のまとめ

1. 高齢者の定義:75歳以上
前期高齢者:65~74歳
後期高齢者:75歳以上
参考:日本老年医学会の提案
65~74 歳 准高齢者 准高齢期 (pre-old)
75~89 歳 高齢者     高齢期 (old)
90 歳~ 超高齢者 超高齢期 (oldest-old, super-old)

2. 加齢による一般的生理機能の変化
予備力(ストレス耐性)の低下
恒常性(ホメオスタシス)維持機能の低下
防御機能の低下
回復力の低下
適応力の低下
これらが、普遍性、内在性、進行性、有害性をもって存在

3. 高齢者の内在する問題点
複数の疾患を持つことが多い
個人差が大きい
症状が非定型的
水・電解質の代謝異常を起こしやすい
慢性疾患が多い
薬剤に対する反応が成人と異なる
生体防御が低下しており、疾患が治りにくい
患者の予後が社会的環境に影響される
基礎疾患と関係ない合併症を起こしやすい

4. 加齢による呼吸機能の変化 → 呼吸機能は、加齢とともに衰える
呼吸筋の筋力低下
胸壁の硬化
肺弾性収縮力の低下
→     1秒率・肺活量の減少
気管支粘膜の線毛運動の低下
→     気管支分泌物の貯留・停滞
肺胞拡張および肺胞数の減少
→     残気量の増加

5. 加齢のよる循環機能の変化 → 心臓はあまり老化せず、血管が老化する
左室壁の肥厚
→ 心肥大・高血圧
冠動脈硬化
→ 狭心症・心筋梗塞
大動脈硬化・弁の石灰化
→ 動脈瘤、弁不全
静脈壁の硬化・弁不全
→ 静脈うっ滞、静脈瘤
血液中の赤血球の低下
負荷時の心拍数低下
→ 運動耐用能力の低下

6. 加齢による体内水分量の変化 → 体液、特に細胞内液が少なく、調節できない
脱水の要因:
a. 体液量、特に細胞内液の減少
b. 腎臓の濃縮力の低下
c. 口渇感の減弱
d. 活動力の低下
高齢者の脱水の特徴:
✓ 高齢者は脱水になりやすい要因を多数もっている
✓ 生理機能が低下しているので、脱水への対応力がなく、悪化しやすく、疾患を合 併しやすい
✓ 自覚症状に乏しく、早期発見が難しい
◎ 食事1L+水分1L+喪失水分量/日を目標

7. 加齢による腎機能の変化 → 腎機能や排泄機能は老化の影響を強く受ける
糸球体の減少
腎血流量の低下
糸球体ろ過率の低下  →  腎機能予備力の低下
膀胱の萎縮により膀胱容量が減少し、頻尿
膀胱の弾力性が低下し、残尿が増加
膀胱の充満感が減少し、尿意を感じたら我慢できずに尿漏れしてしまう
男性は前立腺肥大により残尿増加と頻尿
排尿に腹圧が不足
過活動膀胱
→ 尿失禁、尿閉、尿路感染

8. 加齢による消化機能の変化 → 消化機能は加齢によりあまり低下しない
口渇と便秘に注意
a. 唾液腺・舌
加齢により萎縮・炎症はあるが、分泌の機能の低下は軽度
味覚に加齢性変化は少ない
b. 食道
蠕動運動は弱くなるが変化は小さい。
食道裂孔ヘルニアの発生は多く、逆流性食道炎を合併
c. 胃
萎縮性胃炎がなければ(ピロリ菌陰性)なら、胃酸分泌は低下しない
胃排出能の低下も小さい
d. 小腸
形態的には差がない(絨毛など)
小腸粘膜の増殖能も保たれている
神経細胞数のみ低下している
マルターゼやシュクラーゼ活性は保たれているが、ラクターゼ活性は低下
e. 膵臓
膵外分泌機能は低下しないが、ストレス時の予備力は低下
膵内分泌機能は諸々の意見があるが、インスリン分泌そのものは低下しない
f. 消化管ホルモン
ガストリン、ソマトスタチンは低下
コレシストキニン、モチリン、セクレチンは低下しない
g. 肝臓・胆道
線維化などがみられるが、機能的には問題ない
薬やアルコールの分解が軽度低下
h. 大腸
加齢によって水分などの吸収が低下し、通過時間が短縮することはない
腸管運動の低下、肛門括約筋の脆弱化、腹圧の低下が便秘の原因
腸内細菌叢の変化

9. 加齢による筋骨系の変化 → 筋骨系は使わないとさらに衰える
骨塩の減少
骨強度の低下      → 骨粗鬆症
筋弾力の低下
筋線維の変性・萎縮   → サルコペニア
腱・靭帯の硬化、脆弱化
関節液の減少
滑膜の弾性力低下
骨変形、骨棘形成    → 関節炎・変形

10. 加齢による内分泌機能の変化 → 多くのホルモンは加齢とともに減少する
減少:成長ホルモン、IGF-1、T3、レニン、アルドステロン、DHEA、DHEA-S、テストステロン、エストラジオール、レプチン、カルシトニン、メラトニン
増加:プロラクチン、LH、FSH、PTH、ノルエピネフリン、心房性ナトリウム利尿ペプチド
不変:T4、ACTH、コルチゾール、抗利尿ホルモン、グルカゴン

11. 加齢によるその他の変化
視覚・視力:
角膜・水晶体の劣化による調節障害
瞳孔は縮瞳し、明暗順応低下
硝子体・網膜の劣化による視力低下
視野狭窄
聴覚:
高周波数の音が聞こえない老人性難聴
聴神経の劣化による難聴(65歳以上で30%以上)
耳鳴り
味覚:
酸味、苦味、甘味、塩味は変化なし(諸説あり)
嗅覚:
加齢による影響受けにくいが、副鼻腔炎で低下
皮膚:
皮膚弾力の低下
皮膚表在感覚の低下
皮膚深部感覚の低下
皮膚細胞間の資質や水分減少
→ バリア機能低下、ドライスキン
汗腺数の低下  → 外気温への反応性低下
薄毛、脱毛、白髪
爪変形・変色
血液系:
造血機能の低下     → 貧血
白血球・血小板は減少しないが、機能低下
→ 日和見感染、出血傾向
免疫系:低下
胸腺萎縮
骨髄萎縮
自己免疫疾患の増加
がん
神経系:鈍くなる反応
神経の情報伝達の速度低下(15%)
特に、交感神経の働き低下
* 中枢神経、認知機能は認知症の項目参照

12. 高齢者における低栄養の原因
<低栄養の多面的要因>
a. からだや食事に関する要因
・ 加齢による視覚、嗅覚、味覚などの感覚機能の衰え
・ 咀嚼力や嚥下力の低下
・ 疾病によるもの
(生活習慣病などの慢性疾患、後遺症など)
・ 栄養バランスの偏り
・ 活動量低下による食欲低下
・ 唾液、消化液の減少
・ 消化管運動の低下
b. 精神的な要因
・ ストレスや不安、うつによるもの
・ 認知機能低下
c. 環境的・経済的な要因
・ 一人暮らし、核家族化による孤食化
・ 経済的、マンパワー的原因
<栄養吸収障害に関する問題点>
◎ 第52回日本老年医学会パネルディスカッション4 2010:47;433-436
✓ 加齢のみでは、膵外分泌能は低下しない
✓ 加齢のみでは、タンパク質、糖質、脂肪の消化吸収障害はきたさない
✓ 高齢者の低アルブミン血症の原因は、タンパク摂取量の低下とタンパク食品として魚介類および植物性タンパクを比較的多く摂取し、消化吸収率の高い肉類の摂取量も低下していたため
参考:
タンパク質摂取量
60歳代まで            80g /日以上
70歳代               64.2g/日
80歳代               56.8g/日
食事性タンパク未消化率
鶏卵3%、肉類5-10%
大豆10-30%、魚介類10-20%
◎ 同化抵抗性:高齢者はタンパク質を食事で摂取しても筋肉合成などに利用される効率が悪い
十分なタンパク質を三食で一定量以上摂取し、欠食や偏食をなくす
消化吸収率の高い肉類や豆類、卵などを十分摂取する
吸収効率の高いアミノ酸(特にロイシンなど)も積極的に補給する
運動との併用が筋肉維持に有用なので、食後90分くらいで運動する、またはアミノ酸は運動中もしくは直後に摂取する。
<フレイル、サルコペニア予防に有用な食事基準>
✓ 必要エネルギー(身体活動レベルⅡ)
男性 2200kcal/日 女性 1700kcal/日
✓ タンパク質
70歳以上 男性71.9g/日  女性61.5g/日以上
毎食25-30g 均等に
ロイシンなどの必須アミノ酸 毎食10-15g
レジスタンス運動の複合
✓ ビタミンD
ビタミンD欠乏あれば、10-20μg/日
✓ 抗酸化物質(ビタミンA、C、Eなど)はそれなりに
✓ ω3系脂肪酸もそれなりに

参考:

フレイル診療ガイド2018年版 荒井秀典 ライフ・サイエンス
日本人の食事摂取基準 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2015版)」策定検討委員会報告書 第一出版

健康長寿診療ハンドブック−実地医家のための老年医学のエッセンス 日本老年医学会 メジカルビュー社 2011年

北海道老人福祉施設協議会「心身機能の加齢性変化と日常生活への影響」2011年
サルコペニアの摂食・嚥下障害 リハビリテーション栄養の可能性と実践 若林秀隆ら 2012年 医師薬出版
看護師・介護士が知っておきたい高齢者の解剖生理学 野溝明子 秀和システム
高齢者診療マニュアル 日本医師会雑誌 138巻 特別号(2) 2009年