摂食嚥下障害と老化(一般向け)(2019.09.15)

おもちを安全に食べるためには?
物を食べる、のみ込むと言う動作を「摂食嚥下」とよびます。われわれは、この動作を毎日くり返すことで生命を維持し、食べる喜びが生きる喜びに、そして自らの生活のリズムを維持しています。
食べること、のみ込むことがうまくいかず、それ自体がつらくなり、時には間違って気管に入ってしまうことを摂食・嚥下障害とよびます。食事が気管や肺に誤って入ることで誤嚥性肺炎をきたし、お餅などの窒息事故も引き起こしやすくなります。
食事中にのどがゴロゴロいう、咳が出る、ムセるというのは、誤嚥が最も疑われる症状です。食事中に苦しそう、赤ら顔になる、異常に汗をかくなども要注意です。また、食事に時間がかかる、食事をいやがる、食事の好みがかわった、食事後に疲れているなども嚥下機能低下を疑う所見です。
食後のチェックも大切で、口の中に食事が残っていることや口臭にも気を付けましょう。その他、痰がきたなくなる、風邪をひいていないのに熱が出るのも誤嚥を疑う症状です。
現在、日本人の死亡原因の第3位は肺炎です。肺炎で死亡する人の95%は65歳以上で、高齢者の肺炎の70%以上が誤嚥性肺炎です。
高齢者の誤嚥性肺炎の特徴は目立った症状が乏しいので、発見が遅れ、重症となりやすいと言われています。摂食嚥下障害を早期に診断し、食事方法や食事内容の見直しを行い、可能であれば嚥下訓練にて、誤嚥性肺炎や窒息事故を予防する。それには、身近なご家族の気づきが本当に重要なのです。

原因は?フレイルとは?
私達は、咀嚼(摂取した食物を歯でかみ、つぶすこと)した食物を、舌を使って咽頭へ送り、気管に入らないように、逆流しないように、喉頭を通って食道内に送り込みます。この一連の流れを、摂食嚥下と言います。
これらの複雑な運動に関わる神経や筋肉に疾病や老化など何らかの原因により障害が生じた場合、摂食嚥下障害となります。特に、人間は食道の入り口と気管の入り口が並んで存在しているため、これらの運動が障害されると誤嚥性肺炎や窒息を起こします。
摂食嚥下障害の原因は、脳血管障害(脳梗塞や脳出血)、パーキンソン病や筋委縮性側索硬化症などの難治性神経・筋疾患、認知症、頭部外傷後遺症、精神疾患、頭頚部がんなどですが、全体の40%は脳血管障害です。また、向精神薬や睡眠薬などによる薬剤性の摂食嚥下障害も増えています。
最近、老化、虚弱、老衰などを意味する「フレイル」が原因として注目されています。フレイルとは、加齢とともに、心身の活力が低下し、生活機能障害、要介護状態、死亡などの危険性が高くなった状態で、以下のうち、3つが当てはまればフレイルとされます。
① 体重が減った(6か月で体重が2-3㌔㌘以上減少)
② 疲労感を感じることがある
③ 筋力が低下
④ 歩くスピードが遅くなった
⑤ 身体活動性が低くなった
口腔や摂食嚥下機能に影響するフレイルのことを「オーラルフレイル」と呼び、適切なリハビリテーションやサポートで、機能の維持改善が可能で、早期からの診断、評価、対応が重要です。

オーラルフレイルの予防法は?
オーラルフレイル(摂食嚥下の老化)は、一般的に歯の喪失や会話の減少に始まり、加齢による摂食嚥下機能の低下(口腔乾燥、反射機能の低下など)が悪化要因です。これに脳血管障害や認知症などを発症することで、摂食嚥下障害となります。誤嚥性肺炎の繰り返しや、食事摂取量が減ることで栄養不良となり、筋力の低下、筋肉量の低下が始まり、全身性のフレイルへと進展していきます。
オーラルフレイルの予防法は、口腔ケアと摂食嚥下訓練があります。口腔ケアは、ブラッシングを中心とした口腔内清掃と保湿が主体で、口腔内乾燥や歯周病などの疾病予防だけでなく、口腔機能に関するリハビリテーションも含まれます。適切な口腔ケアを継続することで、健康の増進と日常生活の質の向上、誤嚥性肺炎の予防が期待できます。現在では、訪問歯科などで定期的に自宅にて口腔ケアを受けることも可能です。摂食嚥下訓練には、一般の方にもできる嚥下体操(深呼吸、首・肩・口囲・口唇・舌などのストレッチ、発声訓練など)がお勧めです。他には、仰臥位での頭部挙上訓練や、嚥下おでこ体操(自分の額に手を当てて後ろに抑え、それに抵抗する)なども簡単に自宅でできます。せき込みや腹式呼吸の訓練も窒息や誤嚥予防には有効とされています。これらの訓練は、嚥下を専門とする病院、在宅スタッフにて提供されます。
まずは内科、耳鼻科、歯科、リハビリテーション科などの検査・治療を行っている病院に相談しましょう。

摂食嚥下障害と認知症の関係は?
認知症とは、いったん正常に発達した認知機能が持続性に低下し、記憶や見当識、行動の障害をきたすために日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態を言います。脳の細胞が何らかの原因で障害され、今までできていたことが少しずつ難しくなる病気です。具体的には、新しいことが覚えられない、以前覚えていたことを思い出しにくいなどに始まり、時間や場所の見当がつかなくなり、思考・判断力の障害が出現して、料理や金銭管理ができなくなるなど社会生活の支障をきたします。また、発語やコミュニケーションの障害に加えて、箸が使えない、歯ブラシで歯が磨けない、服をうまく着られないなど日常生活に支障をきたすようになります。これらに関連して、本来の性格や本人を取り巻く環境などに影響されて、妄想、抑うつ、興奮、徘徊、不眠、幻覚、意欲の低下などの精神機能や行動の周辺症状も高い頻度で合併します。
認知症は数年から10年くらいの経過で徐々に悪化し、最終的に肺炎や臓器不全などで死亡しますが、その原因として摂食嚥下障害や栄養不良が大きく関わっています。現在、日本では65歳以上の高齢者の6-7人に1人に認知症があるとされ、生涯半数の方が認知症に罹患するとされています。摂食嚥下障害は、認知症の初期にはみられず、進行期に顕著になることが多いですが、認知症の病態をより深く知ることで予防や安全な介助が可能になり、フレイルとともに摂食嚥下障害の対応には重要な疾患です。

認知症の原因と摂食嚥下障害
アルツハイマー型認知症は認知症全体の2/3を占めて最も多く、記憶障害に始まり、日常生活に支障をきたしていきますが、嚥下の障害の頻度は少ないとされています。まず、食事をする、その意義などを忘れてしまう認知障害から発症するので、食事をする環境の調整や食事の動機づけが重要です。本人の覚醒状態を確認し、簡単な嚥下体操や口腔ケアを行い、今から食事するという準備を始めます。気が散らないような場所、環境音に注意し、認識しやすい食器や使い慣れたにぎりやすい箸、スプーンなどを用意します。食べ始めに簡単な食事介助を行い、食事をすることを思い出させることも有効です。食器はなるべく模様のない無地のもので色彩の濃いものの方が食事を認識しやすく、食器がすべらないようなマットなどをひきます。また、スプーンですくいやすいように工夫された食器などもあります。主食、副食、汁物などが置かれていることで混乱する場合は、食事のペースに合わせて一品ずつ配膳することも有用です。また、臭いや味が偏ったり(甘いものが好きなど)、一つの食事や食形態に固執する、または嫌うこともよくあり、柔軟に対応し、経口栄養剤などで栄養バランスを整えることも重要です。
レビー小体型認知症は、食欲低下や幻視が特徴的で、パーキンソン病の症状を合併するために姿勢異常や摂食嚥下障害、胃腸機能の低下も比較的早くから合併します。食事環境の調整、姿勢保持に加えて、誤嚥しない患者にあった食べ方の介助が重要です。

高齢者の食事介助の実際
高齢者の食事前にやるべきことは、覚醒は良好か?体調はいいか?食事を嫌がっていないか?の確認からはじまります。問題があれば、原因を確認して改善する、改善しなければ回復を待って食事にします。次に、食事開始がわかるように環境調整や呼びかけを行い、簡単なストレッチと口腔ケアを習慣付けておきます。
食事にあたっては、最適な着席姿勢のセッティングが重要で、下顎はやや引き気味で背すじは椅子に対して直角で、腰は十分背もたれにあてます。膝関節は直角で足底も床につけるのが理想的です。坐位が困難でリクライニング位の場合は、必ず枕などを頭にいれて頸部の前傾姿勢を確保し、ベッドのギャッチアップは30度以上にします。
疲れの程度やムセなどを確認して、本人のペースで食事を介助し、無理なペースや無理な量の食事は慎み、患者に合わせた一口量も守りましょう。介助者の立ち位置は利き手側が安全なことが多く、目線の高さも本人に合わせます。口腔内の食物残渣や咽頭部のゴロゴロ音などを確認して、無理なく食事を促すことで誤嚥は防げます。
介助するスプーンは小さめで平たくうすい、口腔の奥にも送り込めるように長めのものが使いやすいです。コップにも鼻にあたらないように切れ込みがあり、頸部を伸展しなくてものめるように工夫したものもあります。のみ込みにも誤嚥させないコツがあり、嚥下のタイミングや首の向き、固形物と液体を交互に食べるなど医師の指示を守りましょう。

嚥下しやすい食事と水分は?
のみ込みやすい食事は、内容が均一で適当な粘りがあってばらつかない、咽頭を通過しやすく、べたつかないものです。水分が少なくパサパサ、口の中でバラバラになる、水分と固形物に分かれる、口腔内や咽頭にはりつく、サラサラしすぎた液体などはのみ込みにくい食事です。日本では、日本摂食嚥下リハビリテーション学会が提案する「嚥下調整食」という嚥下しやすい食事の分類があります。これは、均一なゼリーが一番のみ込みやすい食事として、摂食嚥下障害に応じて段階的に食事形態を分類したものです。最近では、これに対応した市販品も販売され、宅配の給食業者で「やわらか食」「ソフト食」などとして見た目にも楽しい工夫された食事もあります。
水分もサラサラでむせる場合には、トロミを付けることで安全に嚥下できます。最近は、常温ですぐに溶けて、無味無臭のトロミ剤もあり、自宅で簡単にできます。安全に嚥下するためには、高齢者にあわせて常にトロミの具合(粘度)を統一する必要があり、作り方やスプーンからの垂れ方をメモしておきます(ポタージュ状、とんかつソース状など)。
最後に、嚥下障害の疑われる場合、錠剤はゼリーに混ぜて飲むことがお勧めですが、必ず薬はゼリーに埋没させて飲んでください。粉薬はゼリーに混ぜるか、少量のトロミ水に溶かしてのむことがお勧めです。
これらの工夫は、できれば高齢者の体調や基礎疾患の状況に応じて、こまめに調整して対応できることがお勧めです。

おいしく楽しく安全に食べる効果
人間は生きるために水分や栄養を口から摂取する必要があり、これを「摂食」といいます。これに対して、食事を楽しんでおいしく食べることを「喫食」といいます。「摂食」が確保できない場合には、点滴や胃瘻などの経管栄養でも生命を維持することが可能ですが、食事を口からおいしく食べる「喫食」の効果が現在は見直されています。食事をとることを手段や訓練と考えず、家族と楽しい雰囲気で、おいしさと充足感を堪能し、安全に食べることで、生活のリズムをとりもどすだけでなく、生きていく活力や動機づけにもつながります。
現在は、摂食嚥下障害に対する診断、治療の進歩によって、安全に食べる重要性から多職種による取り組みが評価されています。具体的には、医師は高齢者の摂食嚥下障害の病態と原因を確認し、必要な嚥下訓練や安全な食事摂取の方法の決定を行います。その指示に基づいて、看護師や管理栄養士は実際に食事介助を行い、食事の環境調整を行います。言語聴覚士や理学療法士は安全に食べるための訓練を、歯科医や歯科衛生士は口腔ケアと義歯の調整などを行います。今、これらの摂食嚥下を支える専門職の連携が、病院、地域を超えて広がっており、在宅や施設でも積極的に取り組むことができるようになりました。また、嚥下食を提供する飲食店もみられます。病気だから、認知症だからとあきらめずに、おいしく楽しく安全に食べるための可能性を、ご自分のため、ご家族のためにご検討ください。