Ⅳ. 必要あれば、安全に厳格に点滴すること(HPN:Home Parenteral Nutrition)
経静脈栄養は、経腸栄養に比較して感染症などの重篤な合併症の発生率が高く、コストも高くなるため、在宅栄養法ではあまり推奨されていません。しかし、イレウスなどの消化管トラブルや全身状態が不良の場合で経腸栄養が利用できない場合には、唯一無二の栄養法になります。従って、在宅栄養管理を行うスタッフは、いつでも安全にかつ厳格にできるスキルと家族への指導力が必要とされます。
1. 在宅経静脈栄養(HPN)の基礎
一般的な静脈栄養法には、末梢静脈ルートと中心静脈ルートがありますが、実際の在宅栄養療法(Home Parenteral Nutrition:HPN)では、ほとんどがCVポートを用いた中心静脈栄養法(Total Parenteral Nutrition:TPN)です。感染などの問題で中心静脈ルートが使用できない場合に、末梢ルートを使用することもありますが限定的です。水分補給の目的のみであれば、皮下輸液も有用です。
HPN実施の前提条件
在宅中心静脈栄養法ガイドラインでは、HPNの実施前提条件は以下のように提示されています。
①疾患の治療を入院して行う必要がなく、病態が安定して(末期がん患者を除く)、HPNによって生活の質が向上される。
②医療担当者のHPN指導能力が十分で、施設の院内外の管理体制が整備されている。
③医師が栄養管理に習熟しており、スタッフも注入管理に関連した合併症とその対処法を理解している。
④病院におけるTPN管理をチームとして問題なく行っており、在宅管理も訪問看護師や往診を含む協調のよいチームで行える。
⑤患者および家族がHPNについてよく理解し、両者がそれを希望し、家庭での管理が安全に行える。
HPNの診療報酬
指導管理料: 3,000点/月
輸液セット加算: 2,000点/月
* 輸液セットとは、輸液ラインのほかフィルターやクローズドアダプター、延長チューブ、ヒューバー針など6組目まで
* その他の医療・衛生材料とは、注射器・針、消毒綿、綿棒、ドレッシング剤、ガーゼ、固定用絆創膏などを含む
注入ポンプ加算: 1,250点/月
* 注入ポンプを病院から貸与した場合
薬剤料:
* 高カロリー輸液、ビタミン剤、生理食塩液、微量元素製剤、血液凝固阻止剤、
脂肪乳剤
特定保険医療材料:
* 輸液セット7組から 1組2,730円
HPNに必要な物品
1)中心静脈カテーテル(Central Venous Catheter:CVC)
完全皮下埋め込み式ポート・カテーテル
利点: 自然抜去の心配がなく、カテーテル挿入部からの感染がない。
入浴も可能で、カテーテルの露出がなく、QOLが向上。
欠点: 専用の針(ヒューバー針)にて穿刺が必要で、穿刺部の疼痛、感染、壊死の可能性がある。
PICC: peripherally inserted central catheter (末梢挿入中心静脈カテーテル)
肘の静脈(尺側皮静脈、橈側皮静脈、肘正中皮静脈など)を穿刺して長いカテーテルを挿入し、腋窩静脈、鎖骨下静脈を経由して上大静脈に先端を位置させる。挿入時に、気胸や血胸などの合併症が起こらないことが最大の利点で、欠点は肘を曲げることにより滴下状態が変動すること、静脈炎の発生頻度が比較的高いなど。この対策として、エコーガイド下に上腕の部分で静脈を穿刺する方法が施行される。
現在のCVポートの利点は。もう一つあり、グローション・カテーテルとして、ヘパリン・ロックが不要で、生理食塩水ロックでカテーテル閉塞が予防できることです。
2)注入ポンプ
原則として、小型軽量の注入ポンプを使用する。
3)輸液セット
輸液バッグ
輸液注入ライン
チャンバーセット
ポンプチャンバー
フローチェッカー
フィルター
インジェクション・システム
ヒューバー針
4)必要物品
輸液バッグ
輸液ライン
ヒューバー針
イソジン(ポピドンヨード)消毒綿球セット
アルコール綿
生理食塩水 20mL
注射器 20mL
透明フィルム
絆創膏、ガーゼなど
HPN穿刺・交換手技(CVポート)
1)患者の状態を確認。
2)手洗いをして、ディスポ手袋装着
3)輸液ポンプを停止。
4)交換する輸液バッグやラインを用意(できればダブルチェック)。エアー抜きをしてラインに輸液を充填。
5)使用しているラインのクレンメをしぼり、ヒューバー針をラインごと抜去。通常の点滴内容であれば、生理食塩水の注入による陽圧抜去は不要だが、生食の注入にて血栓などのフラッシュや注入抵抗の確認も有用な場合もある(新たなヒューバー針挿入時にもフラッシュするので筆者は必ずしも必要とは考えていない)。生食フラッシュは、側管から注入する場合、20mL以上の量が必要である。十分に圧迫止血。
6)輸液ポンプにラインをとりつける。
7)ポート部を再度確認(出血、感染、皮下液貯留など)。挿入予定部を中心として、周辺外側に向かって弧状に消毒。消毒液が乾燥するまで時間を置く。
8)ポートを手指で固定し、ポート部の皮膚を伸展させ、ポート中心部の皮膚に対して垂直に針を刺入する(ポート底部に針があたるまで刺入する)。刺入部は、なるべく場所を変えつつ刺入する。
9)確実にヒューバー針が刺入されていることを以下の方法で確認する。確認できたら、アルコール綿で消毒して確実に輸液ラインに接続する。
生食の注入の手ごたえ(生食は10mL以上注入する)
確実でなければ逆血の確認
周囲の漏れの有無
10)ヒューバー針を確実に固定し、透明フィルムで刺入部を被覆。刺入部の観察ができるように被覆すること。
11)事故抜去予防のために、ループをつけたり、衣服などにラインの途中を固定し、輸液ポンプにセッティングする。
12)輸液速度を確認して注入開始。
13)側注などを行う場合には、必ずアルコール綿で消毒し、必要あれば生食フラッシュを十分に行う。
14)医療廃棄物を適正に処理して、後片付けを行う。
HPNの家族指導の要点
①薬剤の管理方法・保管方法
②輸液の準備と交換方法
③輸液セットの取り扱い方法
④携帯型輸液注入ポンプの使用方法
⑤CVポートの構造と穿刺方法
⑥フラッシュやヘパリン・ロックの方法
⑦側管からの薬剤注入方法(脂肪乳剤など)
⑧入浴方法の指導
⑨カテーテル挿入部の消毒・ドレッシングの交換方法
⑩緊急時、トラブル発生時の対処方法
⑪使用物品の廃棄方法
経腸栄養と違って、感染管理やエアーの混入などは致命的な合併症なので、しっかりした指導が必要と思われがちだが、実際は開始当初に訪問看護師が一緒に行うことで比較的スムーズに導入可能である。また、携帯ポンプや器具が非常によくできており、家族でも比較的容易に対応可能で、多くの場合ポート穿刺以外の点滴交換なども安全に行える。習熟すれば、家族・本人によるポート穿刺も徐々に指導していく。
2. 在宅栄養療法(HPN)のリスクマネジメント
1)感染対策
HPNにおける感染管理は、CRBSI(Catheter-Related Stream Infection:カテーテル関連血流感染)対策につきます。感染ルートは、以下の図の通りですが、問題になるのはカテーテル挿入部およびルート内への感染予防です。
輸液時間
高カロリー輸液製剤は28時間以内に投与完了する。
輸液ラインの交換
輸液ラインはフィルター付き一体型システムが推奨(ニードルレスシステムは必ずしも感染予防とならない)。
輸液ラインの交換は、週1(~2)回。
* 脂肪乳剤や輸血時は、24時間以内に交換。
インラインフィルターは使用すること。
接続部の消毒
アルコール綿で接続部は消毒する。
輸液バッグのゴム栓もアルコール綿で消毒して接続する。
側注
側注はなるべく使用しないが、やむを得ない場合にはフィルターより患者側から投与。
* 逆血は確認することが望ましいが、頻回に行うと閉塞しやすくなるので注意。
* 脂肪乳剤は、インライン・フィルターより患者側の側管より投与。
(脂肪粒子の粗大化は起こりにくいhttps://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspen/29/3/29_863/_pdf)
* 必須脂肪酸欠乏の予防では、脂肪乳剤は週1本の投与で十分なので、筆者は輸液ライン交換直前に投与している。
* 輸血は、できるかぎり末梢別ルートからの使用が望ましい。
* 三方活栓は使用しない。
採血
ルートからの採血は好ましくないが、やむを得ない場合には生食10mL以上でフラッシュする。
フラッシュ
グローション・カテーテルを使用した場合、プレフィルドシリンジの生食ロック10mL以上行う。
グローション・カテーテルでない場合、プレフィルドシリンジのヘパリン加生食を10mL以上使用。
穿刺部・ポート
ポート穿刺部はクロルヘキシジンアルコールまたはポピドンヨードを用いて、しっかり乾燥させる。
ドレッシングは透明フィルムで穿刺部が観察できるようにする。
ドレッシングの交換は輸液ラインと同時、または汚れたらその都度交換する。
2)カテーテルトラブル
血栓
十分で適切な生食フラッシュ・ロック
グローション・カテーテルの使用
空気塞栓
ルート内でのエアー確認とエアー抜き
接続時に開放しないように注意
カテーテル位置異常
輸液ポンプの閉塞アラームなどに注意
可能であれば定期的にX線確認
* ピンチオフ
ポート破損
穿刺部の誤認
同一部位の過剰な穿刺
ヒューバー針以外の使用
穿刺部皮膚の損傷
同じ部位ばかり穿刺していると、皮膚が損傷し、裂創となってポートが露出することがあります。その際は、十分に消毒して創を縫合閉鎖し、しばらくその部位には穿刺を回避することで対処できます。
ポート周囲感染
抗菌薬投与で炎症改善せず、浸出液や膿の貯留が疑われた場合は、切開排液・排膿が必要になるので外科医に相談してください。最悪の場合は、ポート入れ替えが必要になります。
カテーテル・ポート感染
発熱を繰り返して、他に原因がない場合に疑います。ポート周囲の感染所見(発赤、腫脹、疼痛、熱感)などは、比較的あてにならないと言われています。
疑った場合には、末梢からの血液培養採取とポートからの中心静脈血液培養採取を行い、比較することでより正確な診断が可能と言われています。在宅では、疑ったら早めに病院に依頼し、対応をお願いすることが重要です。入れ替えや抜去などの処置が必要になることが多いからです。
3)代謝異常
少し前のデータですが、在宅静脈栄養(HPN)研究会のデータを提示します。やはり肝障害、脂肪肝の発生が多く、以前は脂肪乳剤の併用が少なかっため、必須脂肪酸欠乏などが多かったとされています。血糖の不安定も要注意です。
合併症で多い肝障害の原因は以下のようにまとめられます。脂肪乳剤の投与量や投与速度だけでなく、脂肪乳剤の不足(糖質過剰投与)も関与します。
また、微量元素でも、特に小児などで長期間HPNのみ施行された場合のSe(セレン)欠乏と、高齢者や腎機能障害、閉塞黄疸患者のMn(マンガン)過剰には注意しましょう。
4)脂肪乳剤の使用
効果:
必須脂肪酸補充
効率の良いエネルギー源(9kcal/g)
糖質過剰の予防
呼吸商低く、CO2の蓄積回避
禁忌:
血栓症、重篤な肝障害、重篤な血液凝固障害、高脂血症、アシドーシス
慎重投与:
呼吸障害、重篤な感染症(敗血症)、急性膵炎、脳血管障害、心不全
1日の至適投与量: 1g/kg/日 (Max 2.5g/kg/日) 体重50kgあたり20%250mL脂肪乳剤1本
至適投与速度: 0.1g/kg/時間 体重50kgなら20%100mLは4時間投与
HPNによる投与法:
1週間に1回輸液ライン交換時の直前に、一体型システムのインライン・フイルターの患者側の側管から投与
* 現状のHPNでは、輸液ライン交換直前に投与することが推奨。1週間に200mL1本を4時間くらいかけて投与して、交換。
4. 在宅皮下輸液
皮下輸液は、水分補給と電解質、一部の薬剤投与の目的で使用される輸液方法です。緩和領域では、有用な方法ですので、知っておく必要があります。
適応
一時的にまたは終末期(予後1-2週間以内)で、静脈内での輸液が困難な場合に、脱水改善もしくは一部の薬剤投与のため。
利点・欠点
利点: 比較的管理が容易。
経静脈栄養に比較して、感染や出血、空気塞栓などの重篤な合併症が少ない。
欠点: 投与できる輸液製剤、薬剤が限定される。
薬剤の吸収速度はおそい。
局所循環や投与する輸液の浸透圧によっては、輸液が吸収されにくく、皮下にたまること。
投与速度が、体位などで不安定になる。
輸液製剤
細胞外液輸液製剤(生食、ラクテック)、ブドウ糖濃度5%までの維持輸液製剤。
* 5%ブドウ糖液は、早期に低張液になり、比較的吸収されにくい。
薬剤
ビタミン剤
抗菌薬
オピオイド
セレネース®
プリンペラン®
ブスコパン®
ステロイド など
投与部位
いずれかの部位のうち患者が好み、皮下脂肪があり浮腫がないところ。
胸部上部(乳房組織や腋窩は避ける)
腹部(針を横向きに)
大腿上部
投与方法
テフロン針を留置し数日ごとに場所を変更する。
刺入方法
人差し指と親指で定められた量の組織をつまみ、組織へ45度の角度に針を挿入。
血液の逆流がみられる場合には、刺入針を抜糸し圧迫止血する。
投与速度
100mL/時間で開始し、痛みなどがあるときは減速する。
禁忌 出血傾向、浮腫
吸収の問題がある場合
注入部位を温湿布、注入速度を遅くする、 他の部位に行う、薬剤を変更する など
⁂終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン2013年版より図を引用改変
在宅でのHPNについて、感染などの合併症から否定的にとらえる在宅スタッフもいるが、確実に点滴量が確保できて、薬剤も十分量投与できることなどから、有用な栄養管理方法です。その適応を十分吟味して、安全で確実な手順で厳格に施行して、患者・家族の満足度を上げることが大切です。