がん悪液質のまとめ その2

がん悪液質のまとめ その2

がん患者の栄養療法の利点と限界

・ 悪液質は、重度の体重減少と同義であると考えられている。ただし、これは複雑な病因の重層的、多角的な症候群であると認識することが重要

・ 悪液質の中核は、腫瘍の進行と従来の抗癌剤治療による副作用を含む。これら2つの現象は、神経内分泌系の活動変化と炎症サイトカインの産生、さらに腫瘍放出因子の上昇に影響を与える。これらのメディエーターは、順次、食品の摂取量の減少、異常代謝(クリーゼを含む)を発生する。その結果、エネルギーと窒素バランスのマイナスと様々な臓器の機能変化を誘起し、がん終末期のQOLと予後の低下をきたす。

<低栄養状態は手術、化学療法や放射線治療の結果に関連するか?>

手術患者では、術前の栄養不良は術後合併症罹患率と死亡率と、入院期間とのコストが増加する。これに対して、周術期の栄養療法は、手術のコストを増加させない。また、術後は、通常であれば栄養状態は数カ月低下することも判明している。

化学療法を受けるがん患者は、治療時点で体重減少が多く存在し、生存期間の延長、治療反応性の低下、生活の質の増悪、PSの低下と相関する。治療によって、体重減少が回復した患者は、回復しない患者に比較して予後が延長する。<従来の栄養サポートは抗癌治療の転帰を改善するか?>

<手術>

重症の手術患者 (主に上部消化管がん患者) に基づく最近のメタ分析は、TPNは術後合併症や死亡率に有用性はなかった。

・ 術後患者が、自発的に摂取する経口栄養サポリメント(oral nutritional supplement:ONS)は、安価、安全で合併症がないとされ、術後の効果が証明されている。

・  周術期のONS投与は、最近では入院前から退院後も継続することで、術後の体重減少だけでなく、術後合併症も予防する。また、術前の免疫強化サプリメントの使用で、術後の感染性合併症が減少し、コスト削減も証明されている。
・ これらの集大成として、ERAS(enforced recovery after surgery)プロトコールが効果をあげている。

<化学療法と放射線療法>

化学療法患者は、TPNを行うことで、抗癌剤の耐性が増加して生存率が改善するどころか、敗血症などの重篤な感染性合併症が増加した。ただし、骨髄移植(BMT)患者のみで、栄養状態を改善することが示されている。さらに、分岐鎖アミノ酸を補ったTPN がBMT患者の内臓タンパク質の維持に有効とされている。

・ 積極的な化学療法患者においては、侵襲が大きくコストの高いTPNは、外来化学療法患者に施行する栄養カウンセリングやONSに比較して予後の向上は期待できない。ただし、経口摂取で100-300 kcalと10-15 g タンパク質を1日あたり追加するONSなどのみでは、全身および消化管毒性の後遺症後に体重を完全に回復させるのには限界がある。

・ 栄養カウンセリング (ONS投与も含む)が、化学療法や放射線療法に伴う症状 (例えば食欲不振、吐き気、嘔吐と下痢) とQOLの改善を含めた大腸がん患者のアウトカムを向上させることが証明された。これらの研究は、栄養サポート – が、従来の合併症発生率・死亡率重視から患者中心のアウトカムとして身体活動(physical activity level:PAL)とQOLの向上を目標とすることへのシフトを意味している。これらは、栄養と治療がそれぞれ別々に評価されるのではなく、看護サポートも含めた複合的に再評価されるべきである方向付けとなった。

・ 6週間以上のTPNで増加した体重は、脂肪組織と水分がほとんどであり、一部の骨格筋蛋白であった。これに比較して、ONSのみでは体重増加も蛋白質の増加も乏しいため、特に進行がんの栄養療法においては考慮する必要がある(この場合のONSは、サプリメントのみの補給のこと)。

・ 体重減少を認めた栄養不良患者において、がんと非がん患者のTPNによる全身蛋白質の代謝動態を検討したところ、がん患者は非がん患者に比較して蛋白代謝が改善されないことが証明された。

・ 同様に、経腸栄養を 6週間継続したところ、非がん患者には体重増加、血中アルブミン濃度上昇、さらに脂肪組織と筋肉量の増加を認めたのに対して、がん患者では軽度の体重増加と体脂肪の増加は認めたものの、アルブミン濃度や蛋白量は増加しなかった。

<栄養療法による腫瘍増殖の危険性>

・ 動物実験においては、栄養補給による腫瘍増殖刺激は疑う余地がない。

・ 人間では、経腸栄養(経口も含む)による腫瘍の増殖については確認されていない(C)。

・ 手術直前の24時間TPNを施行した大腸がん患者で腫瘍のタンパク合成が促進された報告はあるが、長期間のTPN管理が、腫瘍の増殖・進展に関与した報告はない。

・ 全体として、がん患者の栄養療法を考慮する際に、腫瘍への影響は考えな くてよい(C)。

<がん患者の蛋白代謝の再確認>

① 炎症性サイトカインによる蛋白代謝の再編成

低アルブミンを示すがん患者において、アルブミン合成は抑制されておらず、むしろアルブミンもフィブリノゲンも合成は著しく刺激されている。これは、健康な場合に食事によってアルブミン合成は刺激されるが、フィブリノゲン合成は刺激されないのとは対照的である。がん患者は炎症性サイトカインによって持続的に急性反応蛋白の生成が刺激され、アミノ酸が骨格筋から内臓蛋白合成にまわされるためと考えられている。

② 加齢

加齢による、食事から摂取したアミノ酸の同化能の低下も指摘されている。患者の年齢を増加性アミノ酸の貧しい同化応答のさらなる原因です。高齢患者は必須アミノ酸からの蛋白合成の反応性の低下だけでなく、アミノ酸センシング/シグナル蛋白質の筋肉内発現と活性化が低下している可能性も指摘されている。これらの効果は、インスリン シグナル伝達に依存しておらず、したがって高齢者に増加するインシュリン抵抗性による影響はなく、著明に増幅したNFκβが影響している。

③ 患者の身体活動(PAL)の減少

体重減少したがん患者は著しくPALのレベルが減少しており、悪液質で見られる筋萎縮のさらなる悪化を引き起こす。食後の運動においても、筋肉の活動性もアミノ酸の蛋白合成刺激と連動する。適度な筋肉負荷を組み合わせないと、栄養療法のみでの蛋白質合成の改善は困難。

参考:サルコペニア

定義: 加齢に伴う筋力の低下 「sarco=筋肉」+「penia=喪失」のギリシャ語の造語 by Rosenberg 1988

病態: 速筋線維優位(2型)の萎縮と筋線維数・筋サテライト細胞数の低下

主にIGF-1(insulin-like growth factor-1)の加齢による低下が原因

診断: European Working Group on Sarcopenia in Older People:EWGSOP

1) 低筋肉量(low muscle mass)

2) 低筋力(low muscle strength)

3) 低動作機能(low physical performance)

重症度:

presarcopenia      1)のみ

sarcopenia        1)+ 2)または3)

severe sarcopenia 1)+ 2)+ 3)

評価:

① DEXA・・・SMI:skeletal muscle index  SMI=LBM(除脂肪体重)/身長2

男 7.26 kg/m2未満    女 5.45 kg/m2未満

② バイオオンピーダンス法

中等度 男 8.51~10.75 kg/m2 女 5.76~6.75 kg/m2

重症   男 8.50 kg/m2以下   女 5.75 kg/m2以下
がん悪液質の薬物治療・その他

<悪液質の診断、ステージ>

・ がん悪液質の管理は、リスクのあるがん患者に対して、腫瘍専門医、主治医(かかりつけ医)、専門看護師、作業療法士、栄養士などの医療チームが常に繰り返し再評価することが重要である。このチームの目的は、できるだけ早くがん悪液質を認識し、腫瘍の進行とともに悪液質を減衰するための予防である。

・ 残念ながら、進行した悪液質の段階では、栄養療法も含めていかなる介入も無効である。

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・ 悪液質の早期介入の指標として、5%以上の体重減少、食事摂取量低下、炎症反応高値が推奨される。

・ がん悪液質の管理は、リスクのあるがん患者に対して、腫瘍専門医、主治医(かかりつけ医)、専門看護師、作業療法士、栄養士などの医療チームが常に繰り返し再評価することが重要である。このチームの目的は、できるだけ早くがん悪液質を認識し、腫瘍の進行とともに悪液質を減衰するための予防である。

・ 残念ながら、進行した悪液質の段階では、栄養療法も含めていかなる介入も無効である。

・ 悪液質の早期介入の指標として、5%以上の体重減少、食事摂取量低下、炎症反応高値が推奨される。

✓ がん悪液質の病態、ステージを理解し、「pre-cachexia」の状態で早期の栄養的介入により、栄養不良の進展を抑制し、抗がん治療への耐容性の向上をはかる。

✓ 「refractory cachexia」は、栄養状態の改善は困難であり、QOLの維持を目的として過剰な輸液を回避し、時には栄養療法を断念する判断も必要となる。

✓ がんによる悪液質は、がんの進行をコントロールできない限り進行性の経過をとる。現在、がん悪液質に伴う低栄養を栄養療法単独で回復させることは困難であるが、栄養指導や軽い運動療法、メンタルサポート、抗炎
症療法などを早期から集学的に多職種で行うことでQOLの向上が期待できる。

<悪液質の薬物治療>

食欲刺激剤

重度食欲不振または早期の満腹感を訴えるがん患者に有用。高用量プロゲステロン製剤としてmegestrol酢酸(ヒスロン®)やヒドロキシプロゲステロンなどは、食欲不振の患者の約70%を改善し、炎症サイトカインの活性低下に作用する。ただし、主観的な食思不振の改善にもかかわらず、食事摂取量および体重増加を実際示すのは約20%のみ。

問題点:

① 体重増加は浮腫や脂肪沈着のためで、アンドロゲンのレベルを減らすことによって骨格筋量を減らす可能性がある。このため、活動性を含めたADLの改善には寄与しない理由がある。

② 適切な投与量が不明

③ 血栓症などの副作用の頻度が高く重篤。

* ステロイド製剤(食欲増進、QOL改善、疼痛軽減の可能性)

プレドニンゾロン 10mg/日

メチルプレドニゾロン 32-125mg/日

デキサメタゾン 3-8mg/日

2~4週間以内の短期使用に限る(効果が減弱、さらにミオパチー、骨粗鬆症、免疫低下、消化性潰瘍、心血管障害のリスク)

骨格筋異化(炎症性サイトカイン)の阻害

COX阻害剤(NSAIDs、アセトアミノフェン)、ペントキシフィリン、サリドマイド、メラトニン、スタチン製剤、ACE阻害抗薬サイトカイン抗体(抗TNFα抗体、抗IL-6抗体など) *感染症(特に、結核などの日和見感染)に気をつける

抗炎症性サイトカイン(IL 12、IL 15)

プロテアソーム阻害剤(EPA、ボルテゾミブなど)

・ 非ステロイド性抗炎症薬
(NSAIDS)の消化性潰瘍予防と組み合わせてのがん患者への使用は、生存期間の延長、全身性炎症を軽減し、体脂肪量を保持する。ステロイドと併用して、体重および筋肉量の増加を認めた報告もある。

・ Megestrol酢酸(ヒスロン®)と組み合わせて、イブプロフェンを重症の消化管がんの体重減少患者に投与するとより体重増加を促進する。

・ サリドマイドはTNF-α合成阻害に効果があり、一部のがんで体重増加や筋蛋白の増加、PALの向上あり。

・ Cannabinoids(マリファナ)には、食欲増進や気分障害、疼痛の改善効果があるとされているが、副作用が強く、ひすろん®とひかくしても効果にはあまり差がない。

・ EPAは、魚の油の自然のオメガ3系脂肪酸成分は炎症サイトカインの活性を低下させ、腫瘍放出因子(PIFなど) をブロックし抗癌剤と相乗的効果があるとされている。EPA は、魚オイルのカプセルとして(エパデール®)、または高蛋白質とカロリーの経口 (Prosure ®) を提供することが可能。この組み合わせは栄養不良への進行を止め、PALの向上に効果があるとされていた。エビデンス的には、膵がんと上部消化管がん患者への投与の大規模試験で唯一、LBMの増加に効果を認めたのみ。        1.5g/日 8週間以上      出血性副作用に注意

・ Cochrane review の結論では、EPAはがん悪液質には推奨されない。高容量の投与で、嘔気の副作用あり。

・ EPAは、NFκβを抑制して、炎症性サイトカインの産生を減少させる。また、直接PIFもブロックする。

・ β-Hydroxy-β-methylbutyrate(HMB)は、EPA同様にユビキチン依存性経路の蛋白異化を抑制。

・ 心臓悪液質の研究では、うっ血性心不全で体重減少を認める患者にアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬 (例えばエナラプリル、レニベース®) およびβ-ブロッカー(カルベジ ロール、アーチスト®)投与することで体重減少予防効果がある。

骨格筋同化の促進

・ 蛋白同化アンドロゲンステロイド(AAS)投与は、骨格筋のアンドロゲンレセプターのmRNA発現が増加し、アミノ酸の細胞内利用を促進し、骨格筋の蛋白合成を刺激して骨格筋量を増加させる。テストステロン、デカン酸ナンドロロンなどが、重度の熱傷、HIV感染症、慢性閉塞性肺疾患(COPD)・性腺機能低下症によるサルコペニアなどの異化亢進状態に有用とされる。

・ 成長ホルモン(GH)/インスリン様成長因子(IGF)-1は、集中治療患者の投与において合併症発生率および死亡率が増加したため、使用が推奨されていない。さらに、がん患者においては、腫瘍の成長を刺激する可能性がある。

その他

・ 胃蠕動促進薬(メトクロピラミドなど)は、胃機能は促進するが食欲増進にはあまり結びつかない。早期満腹感や嘔気、胃酸逆流などには有効。

・ グレリン投与によって悪液質が改善する可能性あるが、腫瘍も増殖する可能性が指摘されている。漢方薬の六君子湯にグレリン抵抗性の改善作用あり。

BCAAは食欲不振をもたらすセロトニンの作用を軽減する。さらに、筋蛋白維持効果も期待される。

<その他の治療>

・ 強制栄養(EN、TPN)が経口摂取に比較して生存率に貢献したエビデンスはない。

・ 早期から他職種医療チームでの介入は有効。

・ がん悪液質患者は、健常者に比較して有意に活動性が低下している。

・ プログラム、ウォーキングなどの運動が、筋肉量の維持と患者疲労感の改善に有効。

・ 疲労感は、心理社会的サポートを増やし、患者のストレスレベルを低下させることで、さらに削減できる。

・ 貧血の存在下での疲労が発生した場合は、ヒト・エリスロポエチン(rhEPO)治療が有益なことがある。ただし、腫瘍の進行に対するEPOの影響が危惧される。

・ 悪液質は、可能な限り患者さんのQOLを改善するため、吐き気や嘔吐などに適正に対処し、早期の満腹感には胃運動促進剤によって緩和することができる。便秘や疼痛コントロールに真摯に取り組み、メンタルサポートの機会をおしまない。